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音楽音響エッセイ ① 耳を鍛える

 

筆者は音響系の大学・専門学校などで25年間に渡って延べ2万人近くの学生に対して、「聴覚テスト」と銘打った様々な聴覚能力についてのテストを行っています。
 

微細なピッチ(音高)の変化を探知できるかどうか、微細なテンポの変化を探知できるかどうかをはじめとして、音の大きさの変化、周波数成分の変化についての探知能力をはじめ、聴音、和音構成音の聴き取り、楽器音の判別、拍子・ビートの判別…など、20項目ほどのテストを行っています。

 

被験者(学生)の多くは楽器経験があったり、バンドやアンサンブルの経験があったり、たとえ楽器経験はなくても音楽が大好きだったりするのですが、すべての項目で高得点をマークする学生は皆無です。一方、すべての項目で低得点の学生も、ほとんどいません。つまり、ほとんどの学生には、得意な分野と不得意な分野があるのです。
 

学生たちに、自分の得意、不得意を認識してもらい、不得意分野を克服してもらおうというのが「聴覚テスト」の目的ですので、その目的は一応果たされているのですが、その反面「どうしたら耳(聴覚能力)を良くすることができるのか?」という学生たちの素朴な疑問に答えることは、容易ではありません。

 

楽器経験がある人のうち聴音、ソルフェージュなどの音楽教育を受けてきた人にとって、旋律聴音、和声聴音やリズム聴音のような分野は、そう難しいものではありませんが、リズム分野のビート感覚(たとえばジャズ系4ビートのアフタービート感覚やビートの抑揚)などには、かなり手こずるようです。

 

また、豊富な楽器演奏経験を持ってしても、周波数成分の変化(たとえばEQで周波数特性を変化させる)を正確に聴き取ることは至難の業となるようです。

音の大きさ変化の探知能力に至っては、音楽的な能力より注意力、環境適応力といった能力によるところが大きいようです。
楽器音の判別(楽器音を聴いて楽器名を答える)については、耳の良さだけでなく知識と経験が必要となります。いくら耳が良くても、知らない楽器の音を聴き当てることはできないからです。

 

このように「耳を良くする」(総合的な聴覚能力を高める)ためには、あらゆる分野の習熟が
必要ではありますが、「耳を鍛えたい」という学生たちの前向きな姿勢に答えるべく、いくつかの提案をしてみたいと思います。

 

まず、音楽をできるだけたくさん聴くことです。BGMではなく、より前向きな音楽鑑賞によってです。視覚が聴覚に影響を与えることは様々な研究で明らかになっていますので、「耳を鍛える」ためには映像はないほうが良いかもしれません。
音だけの世界に没頭して、良い音楽と正面から向き合い、音楽の奥深くにまで入り込んでみてください。もちろん1度や2度の鑑賞でその音楽のすべてを把握することは不可能ですので、「これ」と思う素晴らしい楽曲を何度も何度も繰り返し鑑賞してください。そして1回ずつの鑑賞の目的を絞ってみてください。たとえば1回目の鑑賞では楽器編成を追っていきます。その音楽を構成するすべての楽器音を確認します。2回目の鑑賞では拍子、ビートの種類、アクセントや強いビートの位置、ビートの抑揚、テンポ変動といったリズム分野に的を絞って鑑賞します。3回目は音像定位を確認しながら鑑賞します。その音楽録音が2chステレオ収録ならセンター定位(自分の真正面から聴こえる)を中心に、左右に音像が広がって聴こえると思いますので、音を聴いて楽器配置をイメージしてください。4回目は楽器のチューニング状態や楽器音の音量バランス、ヴィブラートやトリルの手法に注意して鑑賞します。

目的を絞った何度かの鑑賞の後、最後は演奏者の音楽表現を受け止めてみてください。音楽を通して何を訴えているのかを感じ取ってください。これがもっとも重要な部分です。

 

次に気の合う仲間とバンドやアンサンブルを通して音楽を作ることです。楽器経験のない人は「それは無理」と思われるかもしれませんが、そんなことはありません。音楽は、楽器だけで作られるわけではないからです。歌、コーラス、手拍子で参加してみてください。演奏者が足りなければ、その音楽の一部にDTMを利用してもOKです。叩く楽器なら、リズムを取るだけでも立派な演奏になります。

 

音楽は、その楽曲が作られ、演奏され、公開され、録音され、配信され、人々の元に届くわけですが、その過程で実に多くの人々の働きを必要とします。そのもっとも主要な音楽そのものを作る作業をみなさんが経験するのです。バンドやアンサンブルによって、1つの音が2つになり、3つになり、次第に音楽が形成されていきます。メンバーと息を合わせ、その共同作業によって作品を作り上げます。メンバーのみんなが「より良い音楽を作りたい」という共通の目標を持った時、その音楽は素晴らしいものになります。それが実った瞬間の充実感とその経験は、きっと「音楽」をさらに深く理解するための大きな原動力となり、同時に耳を鍛える最高の機会になることと思います。