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絶対音感は必要でしょうか

 

絶対音感はあった方がいいかどうか? 世にいろいろな意見がありますし、とても難しい問題と思います。

ここでは、それについての判断はしませんが、絶対音感を音響的にみた場合に「知っておいたほうが良いこと」を、いくつか述べた上で、その判断は皆様にお任せしたいと思います。

 

まず、基準周波数の問題です。現実の音楽の世界では、国際規格である基準周波数A4=440Hzは、あまり守られていません。日本ではピアノ調律には442Hz444Hzがよく使われ、ヨーロッパでは今も444Hz448Hzが主流です。古典楽器の調律にはバロック・ピッチ415Hzなどが今も使われています。もし自分のピアノがA4=444Hzであったとすると、国際基準値より16centほど高い音になりますので、この「ちょっと高い音」が、その人にとっての基準音になります。

しかし、都会では住宅事情などの理由で電子ピアノを使う場面も増えています。その場合、特に設定を変えない限りA4=440Hzですので、国際基準値通りの音(ピアノよりちょっと低い音)で音楽に取り組むことになります。早くから440Hzを提唱したアメリカ音楽界や、ジャズ、ロック、ポップスの世界では、ほとんどの場合440Hzで音楽が行われています。

 

また、ピアノでは調律カーブの影響も出てきます。調律カーブは主に低音域、高音域について行われますが、曲線の付け方に決まりがあるわけではないので、自分の楽器が他人と違う音高(ピッチ)になっている可能性も考えられます。

 

次に、音律の問題があります。現在、十二平均律が広く世界に普及していますが、これはピアノをはじめとした鍵盤楽器にとって、平均律はとても都合の良い音律であるから、という側面があります。平均律は転調、移調が自由にできます。あらかじめ調律した上で演奏に臨む鍵盤楽器にとっては、どんな調の曲にも対応できる唯一の音律が平均律なのです。(それ以外の音律では、多くの調には対応できません)

 

その点、声楽、ヴォーカル、コーラスや管楽器などは、事情が異なります。これらの楽器や人声は、あらかじめ調律、チューニングするのではなく、その時、その場で演奏者が音高(音階)を作っていくことができます。そのため、いろいろな音律に対応できるのです。たとえば、ヒトが最も美しいと感じる5度音程の周波数比は2:3(整数比)です。そこで、もし無伴奏の声楽なら、ドに対するソは、当然、この整数比で表現されることでしょう。ところが、平均律によってあらかじめ調律された鍵盤楽器では、5度の周波数比が1:1.489…という複雑な比として、あらかじめ決められています。それにより、実はあまり綺麗ではないメロディやハーモニーが作られるのですが、演奏者はこれに対して無力なのです。

 

しかし、多くの人がピアノなどの鍵盤楽器で音楽の勉強を進めていく場合、この、本当はあまり綺麗ではない平均律によって作られる音高(音階)を、基準音として身に付けることになります。

 

こんな話があります。あるア・カペラ・コーラス・グループのハーモニーがあまりにも綺麗なので、熱心なファンがその美しさの秘密を調べたところ、そのコーラスの音程は、ことごとく整数比になっていたそうです。しかし、ある曲で鍵盤楽器の伴奏が入ったとたんに、そのコーラスは平均律に(なら)されてしまい、ハーモニーはあまり綺麗ではなくなってしまったそうです。この話の真偽は不明ですが、これに類する話は、よく聞きます。

 

基準値、調律カーブ、音律など、様々な要因によって変化する音階の音高は、本来「相対的」なものですので、その分野に「絶対」が馴染むものか、さらなる検証が必要かもしれません。

 

絶対音感は、その「絶対」と言う言葉の持つイメージから、極めて高い精度で音高を感じ取る能力を持つ人、と考えられがちですが、実はその精度にはかなりの程度差があります。

たとえば442Hzを聴いて「ラ」と答えられない人はいませんが(というより、これが答えられないと絶対音感を持つとは言えませんが)、AG#のちょうど真ん中である427Hzの音を聴いた時の反応は、様々になります。その答えは3種類あります。まず「ラ」と答える場合と、「ソ#」と答える場合です。これは、平均律の基準から外れている音でも、それにもっとも近い音に修正されて認識されるからです。もう一つの答えは「判断不能」(この例では「AG#の中間」という答えを含みます)です。これは、実際には存在しない音高であることを感じ取って「判断不能」とするからです。もちろん絶対音感の精度としては、前者より後者が高いことになります。「修正」や「判断不能」が、基準音からどれだけ離れた時に行われるかが精度の決め手となるのです。これらについて調べたものが、下の図と表です。

 

絶対音感を極めると、机を叩く音であろうが、ドアを閉める音であろうが、世にあるどんな音でもその音名(音高)を聴き当てられるようになるのだ、という話をよく聞きます。しかし、これは無理な話です。音の高さを感じ取るのは基本周波数に依りますが、それが無い(はっきり出ない)音や、複雑な上音成分によって基本周波数が消されてしまう音が、たくさんあるからです。たとえばスネアドラムやシンバルの音を思い浮かべてください。これらの音は、とても複雑な周波数成分で構成されていて、音高を感じ取ることはできません。実は、生活音の中には、そういった音は、とても多いのです。

 絶対音感の精度についての調査 Original data

 

絶対音感の精度を調べ、その結果をグラフ化したものです。十二平均律でA4=440Hzを基準としました。A4(ト音記号上のラ)を中心に20centステップで高低両方向へそれぞれ5段階、最大±100cent(半音)までの11音を被験者に聴かせ、音名を判定させました。被験者は絶対音階を持つと自覚する5名の芸術系・音響系学校の学生です。(詳しい測定法の説明は省略します)

たとえば445Hz(基準音から10cent)の音は、100%の確率でA(ラ)と判定されました。430Hz(基準音から-40cent)の音は、30%の確率でA(ラ)と判定されました。(それ以外の70%は、判定不能または他音と判定)ただし被験者の個人差も大きく、測定法が確立されているわけではありませんので、目安としてください。

 

 

 

 絶対音感の精度についての調査 Original data

 

音名

cent

G#

-100

 

-80

 

-60

 

-40

 

-20

A

 

+20

 

+40

 

+60

 

+80

A#

+100

G#と判定

判定不能

Aと判定

A#と判定

100

 

0

 

 

100

 

0

 

0

 

80

 

10

 

10

 

50

 

20

 

30

 

10

 

10

 

80

 

 

0

 

100

 

 

0

10

0

 

0

 

20

 

60

 

20

 

30

 

60

 

10

 

20

 

0

 

80

 

0

 

 

100

[%]

cent値は、基準音Aとの間隔を示した値です。また、割合の数字はおおよその数になっています。「判定不能」には「G#-A間の音、またはA-A#間の音」という答えが含まれています。